雑記

自分で書いていて楽しくないことはきっと、読む人にとっても楽しくないと判断して適当に流すことにしていました。しかし、書き手が読み手の受け取り方まで慮るのはとても傲慢なことではないのか、作為的に抽出されたことを毎日書くのは果たして意味があるのかとか何とか色々考えてみて、表現に気を使いつつ書くことにします。
要約から書けば、先日あれほど嫌がっていた飲み会に行ってみて予想通りのお持て成しを受けてもう二度と行くかというだけのお話です。
そもそも立てる必要のないカドを先に立てたのは私ですから、自ら招いた事態ならばと甘んじて受ける気は充分ありました。協調性に欠ける私にしては珍しく、場の盛り上げ役になったのですから。始終、槍玉に挙げられる贄という盛り上げ役に。
雨が降れば傘を差し、嵐が来れば通り過ぎるのを待つのが私の処世術。ただ厄介なのは、相手が酔っ払いの基本スキルを遺憾なく発揮されていることです。幾ら私でも、日頃の態度に始まり公然と交わされているらしい陰口の実態、言うこと成すこと全てどころか存在そのものに問題を抱えてるといった旨を幾度も不味い空気の中で聞かされれば、それなりに気にはしますし嫌な気分にだってなります。寄って集って酒の肴にしておいて「他人への気遣いがない」なんて台詞をいけしゃあしゃあと言える人たちに話が通じるとも思えません。
何せ顔のすぐ前方にくるタバコの煙を避けようとちょっと後ろへ下がっただけでも非常識と言われる始末です。確かに、態度で示さず口で言うべきだったのかもしれません。私としては、今口を開くだけで自然に出そうなカド立て台詞を避けるためにボディランゲージを使ったのですが、やはり日頃の行いが悪いと好意的には受け取って貰えないようです。
大丈夫、この人たちは可哀想な人なんだよ。薬物に頼らないと鬱憤も晴らせない可哀想な中毒者 (ジャンキー) 。中毒者が健常者に嫉妬するのは当たり前のこと。中毒者は吸血鬼のように仲間を増やしたがるのだから。そして明日には都合の悪い醜態は全て忘れ、餓鬼に忠言をくれてやったという満足感と優越感だけを残す。
とでも考えてないとやってられません。お陰様で酒とタバコ、酔っ払いと喫煙者が以前よりもさらに嫌いになりました。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって感じに。
こう書いてると、日頃私が一体どんな行いをしているのか自分でも知りたくなってきます。といっても別にガラス割ってまわったりとかするわけありませんし。むしろ特に何もしない、端的に言えば周囲に関わろうとしない事が問題だそうです。それって要するに、相手にされないから馬鹿にされてると感じて怒ってるだけなんじゃあ――なんて言いはしなくても考えてしまう私はやはり問題あるのでしょう。別に拒絶しているわけでも厭世を気取ってるわけでもなく、ただ静かに過ごしたいというだけの事なのに。これを理解してくれて、適度な距離感を経験的に計れる人が少数派なのはもちろん知っています。ただ特段の必要が無い時にも、定規の合わない人に合わせる寛容さを持っていないのが私の問題というのならばそれは最早仕方のないことだと思います。
静かに過ごしたいと願いつつ、ついカドを立ててしまうのは長いものに巻かれることへの抵抗感、領域を侵されることへの不快感があるからだと思います。人間関係の力学から身をかわせないのは私の不器用さとこのちっぽけな矜持の成せる業です。
自分の問題は自分なりに理解してはいるつもりですから、解決できなくても誤魔化す程度なら何とでも。ただ今回、心の奥底から酔っ払いや飲み会という悪しき因習に憎しみを抱いたのはやや困った問題かなと思います。酔っぱらって良い気分になった本人達はさぞ天国気分なのでしょうが、飲まない素面の私は何で楽しめば良いんでしょう。酒どころか酒の匂い自体が嫌い、タバコは外か喫煙室で吸えと考える私にとっては飲み屋という場所そのものが既に合いません。他人の醜態なんか見ても気分悪いだけです。一緒に盛り上がって楽しむという気楽な真似ができるほど器用なら、そもそもこんな目に遭うカドなんて立ててません。むしろ次があったりしたら、また余計にカドを立ててしまいそうです。
何にせよ、もう暫くは行かないでしょう。一種の才能かと思うぐらいにカドを立てまくったのがわかった分、遠慮する必要もありません。うん、こう考えると何だか光明が見えてきたような錯覚が。

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